作家井上ひさしの書いた有名な本のひとつに文章読本があります。その中で、言葉によって文章を綴るというのはどういうことかについて、こう言っています。

『ヒトが言語を獲得した瞬間にはじまり、過去から現在を経て未来へと繋がっていく途方もない長い連鎖こそ伝統であり、わたしたちはそのうちの一環である。ひとつひとつの言葉の由緒をたずねて吟味し、名文をよく読み、それらの言葉の絶妙な組み合わせ法や美しい音の響き具合を会得し、その上でなんとかましな文章を綴ろうとする努力するとき、わたしたちは奇蹟をおこすことができるかもしれない。

その奇蹟こそは新たな名文である。新たな名文は古典のなかに抑えられ、次代へと引くつがれてゆくだろう。すなわち、よい文章を綴る作業は、過去と未来をしっかりと結び合わせる仕事にほかならない。もっといえば文章を綴ることでわたしたちは歴史に参加するのである

せいぜい生きても7,80年の、ちっぽけな生物ヒトが永遠でありたいと祈願して創り出したものが、言語であり、その言語を整理して書きのこした文章であった。わたしたちの読書行為の底には過去とつながりたいという願いがある。そして文章を綴ろうとするときには未来とつながりたいという想いがあるのである。』

井上ひさしの言葉はこれからも連綿と続くのですが、ここに私たちと同じ思いがあります。言葉を文章にして後世に遺すことは、まさに人々と過去とつながりたいという気持ちと未来につながりたいという気持ちを統合していくことなのですね。