口述自伝で、もっとも大切なひとつが、きちんと日本語で文章表現することですね。
私は、数々の〈日本語文章表現〉の書籍の中で、小説家の丸谷才一と井上ひさし、ジャーナリストの本多勝一、国語学者の中村明や石黒圭、それに聞き書き研究者の小田豊二などの技術や手法などを取り入れて、顧客にわかりやすい文章で表現するように心がけています。
文章の上達のために、〈名文を読め〉というアドバイスがあります。おそらく丸谷才一の『文章読本』での主張が大きな影響を与えたのでしょう。ただ、実際のところ名文を読んでも、そう簡単に文章は上手にならない。
名文を読めば、確かに文章の感覚が鋭くなる、その結果、自分の文章に対する感覚も鋭くなり、文章がうまくなるかもしれない…という感覚なのだけれど、成果をあげるまでにかなりの距離がありそうです。
だけど、それでも時間をかけてでも名文を読むべきということに対しては同意します。『思考のレッスン』という本の中で丸谷才一は、〈文章心得の一番基本的な点〉を次のように示しています。「ものを書くときには、頭の中でセンテンスの最初から最後のマルのところまでつくれ。つくり終わってから、それを一気に書け。それから次のセンテンスにかかれ」というものです。
つまり、センテンスの最初から最後のマルまで頭に浮かべてから書くようにということです。でもこの提言はなかなか守れない。実際、丸谷自身が、「僕だって、ときどき守ってないときがあります」と語っているくらいですから。
この提言はほんと重要なのです。頭の訓練として、文末までを考えてから文を書くということは練習する価値のあることで、日本語の場合、文末の述語が文の意味を決定づけるので、文末を意識しているかと自らに問うてみるのはとても良いことなのです。
文の前半が文末と対応していない文章を、悪い文の典型例とすることが時々あります。主語と述語の対応関係がうまくいっていない文章は、論理性の面で不安定になる。頭の中できっちり考えないと、文の論理的な組み立ては難しいでしょうね。文章を書いていくと、行き詰ることがほんと多い。書く内容がほとんど決まっていたはずなのに、どうしても先に進めなくなってしまう。
そういうとき、どうするのがいいのか。この点について、丸谷は『思考のレッスン』のなかで答えています。「いろんな手があるけれど、一番手っ取り早くて、役に立つのは、いままで書いた部分を初めから読み返すことなんだよね」と。
そうです、原稿を最初から読み返す。「なぜ、書いた部分を読み返すのがよいのか。」 丸谷は「自分の書いた文章を読み直すということは、一種の批評であって、その自己批評によってもう一人の自分との対話をする。そうやって書き続けていくことなんだ」とね。