自分というものは〔記憶〕で成り立っています。自分がこれまでどんな人生を送ってきたかを教えてくれるのも、すべて〔記憶〕ですね。
〔記憶〕があることで、その時代に経験したこと、考えたことを理解し、反応し、それらを組み合わせて一つにまとめることができます。
この〔記憶〕について、島耕作シリーズで有名な漫画家・弘兼憲史は、次のようなことを言っています。
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子どもに残しておいたほうがいいもの、それは「記憶」です。
「死ぬ前に、もっと親の話を聞いておけばよかった」
つい最近、父親を亡くした知人がそんな言葉を漏らしました。出身地、学歴、現役時代の経歴など、大ざっぱなことは知っていますが、自分が生まれる前の父親の人生についてあまり知りませんでした。
仕事熱心で彼と妹を養ってくれましたが、もともと寡黙な人で自分のことについて、進んで話すタイプではなかった。愉しかったこと、悲しかったこと、そのエピソードに関する具体的な話を聞くことはなかったそうです。
「NHKテレビの『ファミリーヒストリー』で調べてほしいくらいです」
知人はいくらか寂しそうに言っていました。
(中略)
今になって思うことですが、もっと父の人生ヒストリーを聞いておくべきだったと悔やまれてなりません。
私自身も、自分の子どもに詳しいヒストリーを話したことがありません。しかし、表現者として、漫画作品、あるいはエッセイを世に出しています。
私の死後、私がどんな人間であったか、どんな風に生きてきたかを知る縁(よすが)にしてくれればと考えています。
「記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです」
夏目漱石の『こころ』の一節です。親子の間で語られた言葉ではありませんが、印象深い言葉です。
親が子どもに相続すべきは、財産ではありません。
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弘兼憲史は、「私は自分の稼いだお金は、生きている間に使い切るのが理想だと思っている。財産も借金も残さない。経済的にはプラスマイナスはゼロ。これでいい」と言います。
ただ、「記憶だけは残せ」と。至言ですね。
ー続くー