ライフヒストリアンとして、私より年配の方々に対して、「ご自身の生きてきた歴史や物語を後世に遺しませんか?」という問いかけを際限なくやっています。

その時の返答はいろいろですね。

多くの人が「いやいや、俺は自伝を書くほど成功していない」とか、「自伝を遺すほどの人生経験はない」という言葉を発せられ、丁寧に断られます。

「自伝を著すことを日本の文化的所産とする」というビジョンを掲げているものの、「功なり名を遂げた人」ではない普通の人々の自伝を日本の文化にするには、様々な知恵と戦略が必要になります。

「東洋に自伝なし。自伝は西洋の文化的所産である。」という言葉をガンジーの側近は述べたけれど、それを実感していますね。

反面、これまで「口述」、或いは「聞き書き」という手法で自伝を著した顧客からはたいへん高い評価を得ています。

自分のライフヒストリーを自分の筆で〔書く〕のではなく、自分の口で〔語る〕ことによって作られる自伝の心地良さや面白さを経験し、そのことで過去の出来事の記憶が鮮明に蘇ってくることの懐かしさや喜びを知るからですね。

一方で、人というのは例外なく、語ろうとしても語りえない辛さや、忘れ去ろうとしても忘れえない苦しみを抱えている。そうして黙って生きて、一番辛く苦しかったことは話せないということ強く感じています。

そのとき、「人とは、もっとも大切な歴史の事実を封印したまま墓場まで持っていく存在なのだ」ということを認識しますね。

その意味で、顧客が自分自身のライフヒストリーについて〔饒舌〕に語ることだけでなく、〔沈黙〕もまた雄弁に自分自身を語っているのだという理解をしなければなりません。

これらの奥深い人間の心理を深く洞察しながら、この事業を推進していきますよ。

ー続くー