前回に引き続き、五木寛之の《回想のすすめ》から抜粋して、書き綴ります。

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回想の力というものがある。私はその力によって支えられてきたのかもしれない。

辛かった時代のことを思い出すのは、すこしも辛くない。今はすでにそこをくぐり抜けてきているからである。

〈あの時にくらべればー〉

と追い込まれた時に思うことができるのは有難いことだ。辛かった日々のことを回想する。苦しくてたまらないときには、これまでいちばん苦しかったときのことを思い出す。

現代人の最大の敵はストレスだと言われる。癌の原因の一つにもストレスがあげられている。ストレスを避けよ、という声は私たちの周囲に満ち溢れているが、ではどうストレスを克服するかについて的確な答えはない。

そういうとき私は、過去の記憶のなかから何ともいえず嬉しかったこと、幸せだった瞬間をのことを回想することにしている。

どんな人にでも、そんな楽しかった日々の記憶の一つや二つはあるものだ。記憶の海にもぐって、手探りでそれをさがす。回想の糸は自分でたぐらなくては訪れてはこない。

涙がでそうになるほどおかしな失敗がある。思い出すたびに胸が熱くなるような体験もある。回想は力だ。どうしようもない閉塞感から抜け出すヒントでもある。

人間は誰でも、苦い思い出と同じくらいプラスの思い出の量を持っている。それを掘り起こして、まざまざと実感することをしなければ、いつか記憶は錆びついて呼び起こすことが難しくなってくる。

ストレスは、未来への不安から生じるものだ。「なんとかなる」「これまでなんとかなった」という実感を回想することで、ストレスは軽くなっていくものだ。

それは、過去の栄光や成功体験に沈潜することではない。回想の力というべき心の状態をつくりだすことが大事なのである。

うしろを振り返ることで前に進むエネルギーを生みだす。ストレスを正面から超えようとしても無理なのだ。

長い時間をかけて回想する必要はない。一瞬のうちに記憶が早送りで流れることもある。

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次回も、《回想のすすめ》から書き進めていきますよ。

ー続くー

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【五木寛之の《青春の門》の映画化】