私たちライフヒストリアンは、顧客の生きた歴史を〈知り伝えるプロ〉、顧客の語りを〈聴くプロ〉、顧客の物語を〈書くプロ〉として、顧客の心を豊かにする役割を担っています。

人は、〈読む〉・〈話す〉・〈聞く〉・〈書く〉という行動によって、日常生活をおくっています。この中で、いちばん大切であり最も難しいのが、〈聞く〉という行為でしょうね。

この〈聞く〉には、漢字で書くと〈聞く〉〈聴く〉〈訊く〉の3つがあります。〈聞く〉は「声を聞く、話を聞く、外から聞こえてくる」という一般的な〈聞くという行為〉ですが、〈聴く〉は、「耳を傾ける、集中して聞く」といった意味があります。また〈訊く〉には、「尋ねる、質問する」という意味が含まれていますね。

この中で、私たちがたいへん重視しているのは、この〈聴く〉ことであり、〈訊く〉ことなのです。
よく〈聞き上手〉という言葉が使われますが、これは厳密に言うと、〈聴き上手〉、或いは〈訊き上手〉の漢字を当てはめるべきでしょうね。

より高みを目指して、世の中の「聴き上手」や「訊き上手」の人たちの話を参考にしているのですが、テレビキャスターでエッセイストの阿川佐和子さんもそのひとりです。彼女は、かつて〔聞く力〕というベストセラー本を書いて脚光を浴びた元気はつらつの女性ですね。この中で、昔、作家の城山三郎さんと対談した話が載っています。

「私は城山さんの前で、なぜあんなにぺらぺら喋り続けてしまったのか。それは城山さんが聞き上手だったからだということにあとになって気づきました。城山さんは、私の前で、鋭い突っ込みや、こちらがドキッとするような質問はなさいませんでした。ただひたすら、『そう』『それで?』『面白いねえ』『どうして?』『それから?』と、ほんの一言を挟むだけで、あとはニコニコ楽しそうに、私の世にもくだらない家庭内の愚痴を、穏やかな温かい表情で聞き続けてくださったのです。

『そうか!』私は合点しました。聞き上手と言うのは、ビシビシ切り込んでいくことだけではないのかもしれない。相手が『この人に語りたい』と思うような聞き手なればいいのではないか。こんなに自分の話を面白そうに聞いてくれるなら、もっと話しちゃおうかな、あの話もしちゃおうかな。そういう聞き手になろう。(中略)

私にできることがあるとすれば、城山さんほど穏やかな優しい性格にはなれないけれど、本当は知識も教養も豊富なのに、そんな気配をおくびにも出さぬ〈能ある鷹〉の城山さんとは比べものにならないけれど、でもとりあえず、面白そうに相手の話を聞くことぐらいはできるはずだ。」

ライフヒストリアンには、阿川さんのこの心構えが大切なのですね。