日本経済新聞朝刊の最終面(文化面)に掲載されている連載の読み物「私の履歴書」は、抜群の人気を誇っているそうですね。

昭和31年(1956年)3月にスタートし、令和3年(2021年)11月まで登場した866人の著名人の〈履歴書〉が載せられています。第1回目が社会党委員長だった鈴木茂三郎で現在元F-1レーサー中嶋悟。

読売新聞や産経新聞、経済雑誌などでも同じような企画があるけれど、スタイルを変えずにこれだけ長期間連載を続けている例はまずないですね。マンネリに陥っても不思議ではないのに、実に65年間に亘って、息の長い読者の支持を得ているのは何故か?

これまで、このサイトでも度々書いているように、一言で言えば、「ひとりの人間の半生をまるごと伝える〈自伝〉という形式の魅力」と言えるのではないでしょうか。

日経には、政治・経済・社会・文化・科学・世相・スポーツに至るまで、経済新聞と言いつつもあらゆるジャンルの記事が掲載されている。その時々の読者の関心は違っていても、常に最大の興味の対象が「人間いかに生きるべきか」。

政治や経済などを動かしているのは結局人間そのもので、その人間の生き方を記録したのが〈自伝〉であり、コンパクトにまとめて連載しているのが〈私の履歴書〉なのです。

また、この〈私の履歴書〉の登場人物が歴史上の過去の人ではなく、読者と同時代に生きている人物であることも、関心を強めている要因のひとつでしょう。

さらに、数々の分野の登場人物のなかでも、松下幸之助をはじめとする産業人の自伝が多いことが挙げられる。

経営者から平社員まで、現在日本人の多くを占めているサラリーマンの読者にとっては、会社勤めで成功した人たちの半生は身近に感じられるものだろうし、実生活で役立つ教訓などを読む取ることができるからだと思います。

企業トップの山あり谷ありの半生がこの〈私の履歴書〉の魅力で、経営者の経営ノウハウや人使いの妙などを学ぶというメリットがあるのも確かなのですが、それ以上に記憶に残る事件とか歴史上の出来事に立ち会った、当の本人の言葉を聞くという楽しみもありますね。

昔ならペンを取り、今ならパソコンを使って自ら書き上げる人もいれば、口述によって記者やライターが書き記し、それを本人が推敲するという、かつて福沢諭吉が〈福翁自伝〉を制作したときに使った手法で完成させた人もいたようです。

いずれにして、ここに掲載されている人たちは全て例外なく「功なり名を遂げ冨を得た人」ばかりですね。

「名もなき普通の人々の〈私の履歴書〉を後世に書き遺すこと」、これが〈ライフヒストリー良知〉のミッションなのです。