前回お話したファミリーヒストリーと行動遺伝学は、今の自分を知るための、謂わば車の両輪になりそうですね。

〈遺伝〉は、ひとりひとりの異なった〈遺伝子〉の組み合わせを持つことによって、顔かたちや身体、健康上のことがらだけでなく、認知能力や性格など、心と行動にかかわるあらゆる側面の違いにかかわり、私たちの人生を作り上げる些細なことから大事なことまで、あまねくその個人差に影響を及ぼしている。これが行動遺伝学第1法則です。

同時に、生命体として常に変化するその時々の環境に適応しなければならず、〈遺伝子〉たちの発現である心と行動のあらゆる側面は、その〈遺伝子〉たちが発現できるかたちで〈環境〉に応じて変化する。第2法則です。

この科学的事実に対して、〈遺伝子〉が〈環境〉から受けるべく自由を阻んでいるのではなく、〈環境〉が〈遺伝子〉を求める自由を阻んでいる。第3法則です。

これが、〈行動遺伝学の原則〉であり、〈遺伝子〉と〈環境〉の関係です。

日本でもヨーロッパでも、近代以前は家柄で社会的地位が決められていたけれど、それを打ち破るための考え方が能力主義ですね。人間はその能力と達成した業績に応じて報酬や社会的地位が与えられるべきだと。この考えの基本は、万人の生まれついて持つ能力は本来平等であり、そのもとで機会が均等に与えられる限り、自由競争は正当化されるということですね。

しかし、潜在的能力には遺伝的な差異があること、しかもそれは決して無視できる小さなものではないことを〈行動遺伝学〉は示しています。そうなると自由競争や能力主義を正当化する理由を検討し直す必要性が出てくる。これが〈遺伝子〉の時代に突きつけられる社会的、倫理的問題だというのです。

行動遺伝学は、かなり難解だけど、奥が深くて、とても面白いですよ。