「丸谷才一の書いた《文章読本》は、掛け値なしの名人芸だ」と、かつて作家井上ひさしは言っていました。「考える文章と感じる文章の見事な統一がここにはあるのだ」と。

丸谷才一の何が凄いのか、井上ひさしが考える《文章読本》について少し綴ってみます。丸谷は、「しかし文章上達の秘訣はただ一つしかない。あるいは、そのただ一つが要諦であつて、他はことごとく枝葉末節にすぎない。当然わたしはまづ肝心の一言について論じようとする。と、

ものものしく構へたあとで、秘訣とは何のことはない名文を読むことだと言へば、人は拍子抜けして、馬鹿にするなとつぶやくかもしれない。そんな迂遠な話では困ると嘆く向きもあろう。だがわたしは大まじめだし、迂遠であらうとなからうと、とにかくこれしか道はないのである。

観念するしかない。作文の極意はただ名文に接し、名文に親しむこと、それに盡きる。(略)われわれは常に文章を伝統によつて学ぶからである。人は好んで才能を云々したがるけれど、個人の才能とは実のところ伝統を学ぶ学び方の才能にほかならない。」と論じています。

井上ひさしは、これを咀嚼して、次のように書き記しています。

「ヒトが言語を獲得した瞬間にはじまり、過去から現在を経て未来へと繫って行く途方もない長い連鎖こそ伝統であり、わたしたちはそのうちの一環である。ひとつひとつの言葉の由緒をたずねて吟味し、名文をよく読み、それらの言葉の絶妙な組み合せ法や美しい音の響き具合を会得し、その上でなんとかましな文章を綴ろうと努力するとき、わたしたちは奇蹟をおこすことができるかもしれない。

その奇蹟こそは新たな名文である。新たな名文は古典のなかに迎えられ、次代へと引きつがれてゆくだろう。すなわち、いま、よい文章を綴る作業は、過去と未来をしっかり結び合わせる仕事にほかならない。もっといえば文章を綴ることで、わたしたちは歴史に参加するのである。」

さすが井上ひさし、丸谷才一の〈名文を読め〉から、実にわかりやすい見事な解説をしてくれていますね。

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