◆回想法とは?
高齢者に対する心理療法や認知症予防に関わる療法として〈心理回想法(以下、回想法という)〉があります。この〔ライフヒストリー良知の世界〕でも何回か取り上げて来ましたね。
〈回想法〉をひとことで言うと、「昔のことを思い出し語ることで、楽しい気分、幸せな気分になるための方法」。〈回想法〉は、高齢者施設では主に介護福祉士が聞き役になる場合が多いけれど、時にはボランティアの人たちが関わることもあります。
〈回想法〉は、〈みんなと語り合うグループ回想法〉と〈1対1で行う個人回想法〉で構成され、〈レクレーション〉として行う場合と〈医療的〉に行う場合に分けられますね。
〈回想法〉によって故郷の風景を思い出し、子供の頃一緒に遊んだ友だちの声が聞こえてきたり、お母さんのことを思い出すと服の匂いや手触りが甦ってくる。懐かしいという感情があの頃に戻してくれますね。
◆ライフレビューとは?
医療的と言うのは、高齢者のうつ病や認知症などを予防したり改善させたりすることで、〈ライフレビュー〉とも言います。要するに脳の活力を高めていくための活動のことなのです。過去を回想するにあたっては、五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)を刺激することが多い。
〈ライフレビュー〉の聞き役は主に心理カウンセラーが担います。〈ライフレビュー〉は、過去を回想することにより、自分の人生をひとつの物語として系統立てていくことで、自分というものがずっと続いているんだということを自覚することができます。
この人生、いろんな出来事があったけれど、それは自分にとって意味のあることだったんだという自己肯定感が生まれて、自信が持てるようになる。さらに、いずれ訪れる死への不安を和らげる効果もあるのです。
認知症の予防に向けた〈回想法〉や〈ライフレビュー〉についてかなり研究が進んできましたね。国や大学の研究機関などで実証実験が繰り返され、その効果がいろいろ証明されていますね。ここでは、〈ライフレビュー〉を含めて〈回想法〉と呼ぶようにします。
◆口述自伝と回想法との共通点
この〈回想法〉や〈ライフレビュー〉での聴く技法と、私たちが現在展開する口述自伝制作〔ライフヒストリー良知〕事業における〈聞き書き〉とは、その手法についてよく似ているところが多いのですが、その共通点と共に相違点について説明します。
繰り返しますが、〈回想法〉の目的は「高齢者が昔のこと思い出し語ることで、楽しい気分、幸せな気分になってもらう」こと。
〈口述自伝〉を制作するにおいても同様に、「自分の人生を語ることは、このうえなく気持ちよく楽しい。私たちライフヒストリアンが良き聞き手となり、みなさまが経験されたさまざまな出来事を思い出深く語ることで心が豊かになると共に、自信が得られ、未来への希望を持って頂く」ことをミッション(使命)のひとつとして謳っています。
双方とも“きく”という共通点があります。この“きく”には、聞く・聴く・訊くの3つの意味が含まれて、〈回想法〉なら介護士や心理カウンセラーの、〈口述自伝〉であればライフヒストリアンの〈きく力〉がとても大切になるのです。
また、双方とも、対象者や顧客の人生の歴史や物語を共感しながら聞くことによって、脳に刻まれている昔の記憶を蘇らせます。この過程で脳の前頭葉をはじめ各部位の活力を高め、記憶力や注意力などの強化をはかりながら、老年期最大の課題のひとつである、認知の衰えに対する予防を行っていくことになるのです。
◆口述自伝と回想法の相違点
では、相違点について挙げてみましょう。〈回想法〉は語られたことの事実をあまり問いません。また記録に残すこともほとんどありません。ただ、医療的な方法として〈ライフレビュー〉のお話をしましたが、ごくまれに〈ライフレビューブック〉というものを作成することがあります。
一方、〈口述自伝〉は、できる限り顧客の語りに事実を求めます。そして、話す内容はすべて録音し、文字起こしの作業をして文章化します。私たちはそれを独自に作ったシステム上に書き記し、その後に書籍や電子ブックにして発刊します。
また、〈回想法〉は基本的に当事者から費用を負担してもらうことはありませんが、〈口述自伝〉の場合は、事業として行うため、契約した価格で顧客に制作費用を出して頂くことになりますね。また、私たちライフヒストリアンは上記のミッション以外にも、次のようなカスタマー・バリュー(顧客の価値)という視点から、自伝制作の提案をしています。
①自分がいかに頑張ってきたかを書き著す。
②自分の歴史的な役割が何かを書き記す。
③自分の生き様や体験を後世や子孫たちに書き遺す。
これらは、〈回想法〉にはほとんどないところですね。
◆〈回想法〉とバトラー
昔は、高齢者が過去のことを振り返ることはそれほど評価されませんでした。老年学の研究者たちは、過去に生きることは病的で現実から引きこもることであり、時間の経過と年を取ることへの否認、或いは若い時代への退行と見なしていたのです。
発達心理学で有名なエリク・エリクソンは、「過去への回想によって心の変化を受け入れることは、アイデンティティを維持するために不可欠なことであるかもしれない。」と指摘してきたものの、あまり一般的ではなかったようですね。
そうした中、アメリカの精神医のロバート・バトラーは、高齢者の精神的な健康状態を調査するためにレコーダーにインタビューした内容を録音し、「過去を回想することは、治療的効果がある」と確信したのです。
バトラーは、回想が自己のアイデンティティーを確立するため、また高齢者の自立を助けるための手段になることを見出しました。また、グループでの語りを通じて、「回想は、自分たちの人生に困難をもたらし、心を捉えている様々な問題を振り返ることによって過去と現在と未来を統合しようとする意志をもたらす。」と結論づけました。
バトラーは「老人たちが、自らの道徳的経験を若い人たちに伝えたいと思う人生のある時、痛みを伴って学んだことを考え、決して良い親ではなかったことへのこだわりからくる罪の意識、深い悲しみ、不安定さ、恐れ、そして心配について考える機会が必要だ。」とも主張しています。
◆車の両輪
現在、医療機関や介護施設の最前線では〈回想法〉を行うケースが増えています。私の経験からも、回想法は高齢者の心身の健康を維持するためにとても効果的で大切なアクティビティであること間違いありません。
今も、そしてこれからも、〈口述自伝〉の制作にあたっては、この〈回想法〉の技法やノウハウを取り入れていくことが必須となりますね。「日本に自伝文化あり」の言葉を具体的に実現させるためには、この2つの手法が車の両輪にならなければならないと考えているのです。