自伝を書くとき、或いは語りによって自伝を他者が書く場合でも、正直さがもっとも大切だと僕は思っています。正直な心理とは、勝海舟の父、勝小吉の書いた〈夢酔独言〉の次の一文のようなものですね。

「おれほどの馬鹿な者は、世の中にあんまり有るまいとおもう。故に孫やひこのために噺してきかせるか、能(よ)く能く不法もの、馬鹿者のいましめにするがいいぜ」

小吉は、幕末の貧乏旗本として自由奔放に生きた人物。幼少の頃から気が強くて喧嘩早く、10代で大人がすべき遊びをすべて済まし、「日本国に怖いものなんかはない」と豪語するほど度胸が据わっていた。喧嘩に強くなりたいと剣道に励んで、江戸でも一流の剣士になっているほど。

21歳からの3年間、父親に少しは学問しろと言われて、座敷牢に閉じ込められたのを機に、一念発起、牢のなかで軍事書の類を読みふけた。そうなって初めてこれまでの自分の無類の行動を反省する。

小吉は、42歳の時、思い立って自伝を書いています。1843年のこと。それが〈夢酔独言〉で、その語り口から放蕩を続けた時の心理や、時代の移り変わりなどが巧みに浮かび上がってきますね。

息子海舟の豪気さや毒舌を吐く性格、それに日本海軍を作ったときの冷静な眼は、きっと小吉の遺伝を引き継いだものであると同時に、小吉の生き様を身近で見て育ったからでしょうね。

後年、坂口安吾が小吉を評して、「人の目から見れば放蕩無類で、やることなすことトンチンカンでつぐなわらずバカモノに過ぎないが、このオヤジの一生にはちゃんと心棒が通っていた」と言っているのは、まさに至言ですね。

時代がどれだけ動き変わろうとも、小吉は人として大地に足を踏みしめていたことは間違いない。だから小吉の〈夢酔独言〉は180年近くたった今も、人々の心を惹きつけるのでしょう。

僕は、ライフヒストリー良知の事業を展開する上で、顧客の自伝を作成するとき、もっとも大切なのは、「正直に自分の歴史を話してほしい」、そして「誰のために、なぜ読んでもらいたいかをはっきりさせましょう」という言葉をしっかり伝えることだと思っています。